シベリア抑留について無料で学べる博物館が新宿にあるので行ってきた。

先日、メシ通でシベリア抑留についての記事を読んで、新宿にシベリア抑留についての博物館があるとはてブコメントで見つけた。ちょうどジェリカフェに行く前に見に行ってきた。

場所は都庁前駅から徒歩5分ほどの新宿住友ビル。新宿駅からでも歩ける距離だ。入り口が工事中だった。

高速エレベーターで33Fまで上がると入り口がある。

Memorial Museum for Soldiers, Detainees in Siberia, and Postwar Repatriates

訳すならば、「戦後引揚者、シベリア抑留者と兵士のミュージアム」だろうか。

館内案内図はこんな感じ。大きく「兵士」「戦後強制抑留者」「海外からの引揚者」の3つに分かれて展示がしてある。ぐるりとじっくり見て1時間弱ほど。なお、40分程のショートシアターがあったが、時間の関係で見なかった。

館内は撮影OK。ただし新聞社から提供を受けている写真等は撮影NGとなっていた。今時写真NGの場所が多い中、知識を伝えていく博物館として、撮影OK、SNSOKと言うスタンスは、とても良いことだと思う。

兵士コーナー

実際に当時使われていたチョッキ、日の丸(こちらは複製)、タスキ、千人針の展示がまず目に入る。戦争を取り扱った漫画、例えばはだしのゲンなんかで見たことあるものが、本当に80年近く前の日本であったことなんだと感じさせる…。日の丸には力を貸すという意味を込めて、力の文字が無数に書いている。

 

兵士の装備品類。メンタ酒と言うのはメンソール+アルコールの気付け薬らしい。除毒包と言うのはマスタードガス対策の毒消しらしい。これを使わざるを得なかった時のことを考えると、非常に恐ろしい。

 

戦後強制抑留コーナー

続いてシベリア抑留について詳しいコーナーへ。実際の収容所の大きな模型が置いてある。

 

レンガを焼く合間にこっそり隠れて焼いた湯呑。「堪へ忍べ」の言葉は重い。

 

森林伐採用の斧やのこぎりなど。こんな薄い手袋しかないなんて凍傷になりそう。防寒具が無いから自分で靴下や手袋を作って身につけていたとも。

 

抑留者達が手ずから作ったスプーン。労働の日々で日本に思いを馳せて、このスプーンで食事をしていたんだろうと。

 

空腹のあまり、コートの袖と食料を交換した結果が右側のコートとのこと。極寒の中、空腹に耐えられない状況はあまりにも酷だ。

 

辛く苦しい生活の中にも娯楽が欠かせないと言うことを思わせるものもあった。

白樺でできた将棋の駒。

 

さらには麻雀牌も。とてもガン牌しやすそうだが、どんな風に麻雀を遊んでいたのか気になる。少ない食事を賭けていたりしたのだろうか。

 

また意外であったのは、日本語の新聞が発行されていたこと。ソ連の思想教育のためのものとはいえ、日本語の媒体が抑留されていた人に届けられていたのは驚きだった。

 

海外からの引揚コーナー

黙っていても権利は得られない。自分で勝ち取る必要があるんだ、と思い起こさせてくれる。抑留者の家族達のこういった行動が政府を動かし、抑留者の帰国へと繋がっていった。

 

ちょうどこの船艇の様子の人形を見ているときに、高齢の方の軍団が、大きな声でガヤガヤと話しながら後ろから来て辟易していた。。のだけれど、その中でひとりが言った「自分も赤ん坊の頃こうやって船に乗って日本に戻ってきたんだ」という言葉が印象的であった。太平洋戦争のことを肌身で体験して伝える人がどんどん年を取っていなくなって来ているんだなと気付かされた。

 

感想

関東近郊の人はとりあえず一度は行っておくべき。無料でここまで見応えがあるとは思わなかった。シベリア抑留について、名前は聞いたことがあっても全く分かっていなかった。太平洋戦争が終わった後にこんなことが日本から離れた地で起きていたことに思いを馳せて欲しい。ここに載せた写真以外にも多数の見ておくべき展示品があるので、機会があればぜひ1度立ち寄ってはどうだろうか。

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